本記事は苫小牧研究林の植竹研究室長が自ら執筆した冊子IBURI DOT SITE.記事のリライト版です。全6章からなる研究林の今を伝えます。
〜第3章〜
自然の法則を見つけ出せ編
北海道苫小牧市郊外に、私たち北海道大学が管理する森がある。バードウォッチングで遠路遥々訪れる方がいれば、苫小牧市民でも存在を知らなかったり。この森に癒されながら、探究を深め、地球の未来を考える。
演習林ではなく研究林
苫小牧研究林に所属する教職員は自然の声に耳を傾ける専門家集団だ。豊富な知識と様々な技術を駆使して、普通には聞こえない自然の声を聞きとり、そして自然がどのように成り立っているのか、その真理に迫っていく。大学の授業(演習)だけではなく、誰も知らないことを明らかにする(研究)という態度が、『研究林』という名前に現れている。
昆虫の専門家である林長の中村教授、両生類と魚の専門家である岸田准教授、そして雪や空気の中の微生物の専門家である植竹准教授という、それぞれ全く異なる専門性を持った個性が交わり、自然の探究をしているのが苫小牧研究林の特徴だ。
森の階層構造
苫小牧研究林は、クレーンを使って色々な高さから樹木を観察することができる日本で唯一の施設でもある。高さ25m。クレーンに取り付けられたゴンドラに乗りこむと、森を上から一望することができる。森を下から見上げているだけではイメージがしにくいが、上昇するゴンドラから眺めることで森林は植物の枝と葉が複雑に入り組んだ階層構造をなしていることに気がつく。これは植物が光合成に必要な光を求めて、自分に適した場所をうまく見つけ出していった結果でもある。このクレーンを使うことで、目的に合った高さで森の観察や試料の採取を行うことができるため、日本全国、また海外からも多くの研究者が訪れる。
植物が食べ尽くされないのは何故?
クレーンの上からは樽前山、苫小牧港、そして苫小牧のシンボル、王子製紙の煙突がよく見える。林長である中村教授は、毎日この林冠クレーンの上で時を過ごし、良い景色を眺めていたという羨ましい経験をお持ちだ。中村教授の専門は、葉っぱの上に生息している昆虫と餌となる植物の関係。もし昆虫がどんどん植物を食べてしまえば、いずれ世界から緑が消え去る。しかし、実際にそうならないのには理由がある。それは動かぬ植物なりに、虫からの攻撃に対して形や生理を変化させる能力(表現型可塑性)があるからだ。昆虫への防御システムとしては、毒物などを作る化学的なものや毛やトゲ、葉の硬さなどを変える物理的なものが知られる。
温暖化で植物が変わる?
形の変化は生息する環境条件(光、温度など)によっても引き起こされる。林冠近くの葉は強い光が当たるために葉は小さく厚くなる。一方で、やや下の葉には弱い光しか当たらず、光を多く受けるために葉を大きくするが、その分厚さは薄くなる。これにより虫からの食べられやすさも変化して、上の厚い葉よりも下の薄い葉の方が食べられやすくなるのだ。
また植物の形は、今問題となっている地球温暖化によっても変化する。電気が流れて温まるケーブルを土壌に入れて温度を上げると、苫小牧の代表的樹種であるミズナラの葉の防御物質(フェノール)が増加し、より虫に食べられにくくなる。植物の動きは目には見えにくいが、環境変動の影響を着実に受けて変化しているのだ。
記事で紹介をした植物と昆虫の相互作用、気候変動(地球温暖化など)への応答や生物多様性に関して紹介しています。
続く~
植竹 淳准教授 Jun Uetake
研究テーマ
微生物群集による物質循環と地球環境変動
キーワード
微生物生態学・環境DNA・地球科学・環境変動・バイオエアロゾル・氷河・氷晶核形成
著書
雪と氷の世界を旅して: 氷河の微生物から環境変動を探る (フィールドの生物学)
メッセージ
目には見えない微生物は土壌や河川はもちろんのこと、空気や積雪といった一見生き物のいなそうな環境にも生息しています。野外でのフィールドワーク&ラボでの遺伝子実験や 化学分析を通じて、このような微生物群集がどのように分布し相互作用することで、環境中の物質循環に影響を与えているのかを明らかに していきます。またある種の微生物は存在するだけで地球環境を変化させる可能性があります。例えば、1:細胞が核となって雲の形成を 促進し、太陽光の放射バランスを変えている微生物、2:氷河の上で色素を生成し、温暖化による氷河の融解を促進させる微生物などがおり、地球科学や気象学といった様々な分野の研究者たちと共同して地球規模でのテーマにも取り組んでいます。