本記事は苫小牧研究林の植竹研究室長が自ら執筆した冊子IBURI DOT SITE.記事のリライト版です。全6章からなる北海道大学苫小牧研究林の今を伝えます。
〜第6章完結〜
過去と未来をつなぐ編
北海道苫小牧市郊外に、私たち北海道大学が管理する森がある。バードウォッチングで遠路遥々訪れる方がいれば、苫小牧市民でも存在を知らなかったり。この森に癒されながら、探究を深め、地球の未来を考える。
早すぎる人間の変化
いまの苫小牧研究林ができたのは、前出の1667年の樽前山の大噴火以降である。これを人類史で測ると、アイヌの首長シャクシャインが松前藩と戦いを始める2年前にあたり、博物館級の古さとなる。同じ約350年でその上に形成された土壌の厚さはおよそ30cm。たったそれだけと思われるかもしれないが、決して少ないわけではなく、むしろ多い。泥炭地などでは100年に1cm程の厚さにしかならないのに比べたら、生態系としてはけっこうなスピードで土壌ができているとも言える。
意識すべきなのは、自然の変化のスピードはゆっくりなのに対して、私たち人間の変化はとても早いということだ。
過去と未来をつなぐ
苫小牧の近代史は、苫小牧の東にある勇払において東京八王子から警備と開拓のために1800年に人々が入植したことに始まる。その後1873年にいまの苫小牧に街の中心が移動し、1910年より王子製紙が創業、工業都市として発展し、今では人口17万人を有する北海道第4の都市となっている。しかし、その発展の裏側で勇払原野やその背後にある森林は大きく変貌させられた。蛇行しながらウトナイ湖の方に流れていた幌内川は、その向きを大きく変えさせられて港の方にまっすぐ流れるようになり、多くの森林がなくなった。
都市基盤を維持するという理由ではあるが、人間の欲は果てしない。この森ができたのと同じ年数(350年間)くらいは人類の歴史は続くだろうが、その間に残されている森に更なる開発の手が及ばない保証はひとつもない。
そんな時でも、少なくとも北海道大学が所有するこの森は、自然と私たちの繋がりを理解するための場所として恒久的に残していきたい。そのためには大学生への教育に限らず、一般の方々に対して自然のしくみを発信し、その重要さを共有する必要があると考える。それが、このIBURI DOT SITE.に我々のことを書こうと思った原動力でもある。
1000年後の未来
森を守るためには、森がどのように変化しているのかを示すデータをとり続けていかねばならない。苫小牧研究林は環境省が全国約1000箇所で実施しているモニタリング1000というプロジェクトのコアサイトであり、樹木、昆虫、鳥類のデータをとり、提供している。現在はまだ20年程しか経っていないが、はるか先の将来を見据えて、根気よく作業を続け、長期間での森林の変動を理解していく必要がある。
樹木園には、まだ大きくはないオンコの林がある。古里さんという百姓さんが、1000年生きる木を育てようとしたものを、意思を継いだ元林長の石城先生が研究林へと移植したものだ。1000年先の未来。それはまだぼやけてしか見えない。このオンコの小さな林を、そして苫小牧の森をその頃まで本当に残していけるだろうか。しかし、それを可能にできるのは、感じ、行動し、未来に伝えることのできる、今を生きる私たちなのだ。
完
植竹 淳准教授 Jun Uetake
研究テーマ
微生物群集による物質循環と地球環境変動
キーワード
微生物生態学・環境DNA・地球科学・環境変動・バイオエアロゾル・氷河・氷晶核形成
著書
雪と氷の世界を旅して: 氷河の微生物から環境変動を探る (フィールドの生物学)
メッセージ
目には見えない微生物は土壌や河川はもちろんのこと、空気や積雪といった一見生き物のいなそうな環境にも生息しています。野外でのフィールドワーク&ラボでの遺伝子実験や 化学分析を通じて、このような微生物群集がどのように分布し相互作用することで、環境中の物質循環に影響を与えているのかを明らかに していきます。またある種の微生物は存在するだけで地球環境を変化させる可能性があります。例えば、1:細胞が核となって雲の形成を 促進し、太陽光の放射バランスを変えている微生物、2:氷河の上で色素を生成し、温暖化による氷河の融解を促進させる微生物などがおり、地球科学や気象学といった様々な分野の研究者たちと共同して地球規模でのテーマにも取り組んでいます。